福島地方裁判所 昭和42年(ワ)254号 判決 1968年3月18日
原告 菅原利孝 外一名
被告 福島市
主文
原告らの請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告ら)
被告は原告らに対し別紙目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四〇年四月一二日から右土地明渡済に至るまで一ケ月金八、七〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言
(被告)
主文同旨
第二、請求原因
一、菅原利順は昭和三六年九月一日但木顕哉外五名から別紙目録記載の本件土地を買受け、その所有権を取得し、同月二〇日その旨の登記を経由した。右利順が本件土地を所有していることについては、福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認並びに損害賠償請求事件の確定判決がある。
原告菅原コヨは菅原利順の妻であり、原告菅原利孝は右利順の子であるところ、昭和四〇年一二月五日利順の死亡により原告らは本件土地の所有権を共同相続するとともに、利順の被告に対する昭和四〇年四月一二日から同年一二月五日までの後記割合による本件土地の占有による損害賠償債権を取得した。
二、本件土地はもと、飯坂町の町道敷であつたが、昭和二三年一〇月福島県道に編入され、その後福島県は、昭和三六年四月一一日本件土地に対する県道としての供用を廃止し、公示番号第三四四号をもつてその旨公示し、飯坂町は同年一二月七日町長の専決処分により、これを同町道路線に認定し、即時町道として供用を開始し、同月二三日同町議会の承認をうけ現在に至つている。
被告福島市は、飯坂町を合併し、飯坂町の権利義務を承継した。
三、ところで道路法第八条第二項は、市町村長が路線を認定する場合においては、あらかじめ当該市町村の議会の議決を経なければならない旨を規定しているが、これは、行政処分に藉口して憲法第二九条による私有財産権の保障に違背し、公権力をもつて不法に私有財産権を収奪することを防止するため、市町村民の代表機関である当該議会をしてあらかじめ路線認定なる行政処分の当否を判断させようとするものである。このことは、道路法第八条第三・四項の規定からも明らかに看取されるところである。
従つて、議会の承認を事後に得るところの町長の専決処分によつては路線を認定することは許されないものというべきところ、飯坂町長は前記のとおり専決処分によりこれを行つたものであるから、右道路線の認定処分は、重大明白な瑕疵あるものとして無効である。
仮りに、前記路線認定につき町長の専決処分が許されるとしても、本件土地に対する路線廃止の福島県の告示が公示された前記昭和三六年四月一一日から道路法第九二条、同法施行令第三八条による期間の満了する同年一二月一〇日までは八箇月間の余裕があつたのであるから、その期間内に飯坂町長が町議会を招集する機会は十分にあつたはずである。しかるに、同町長は期間満了間際の同月七日福島県道路課から注意をうけるに至つて、町議会招集の暇がないものとして、にわかに本件専決処分におよんだものであり、もし、このような一行政吏の怠慢により、緊急の措置である専決処分を許すときには、憲法第二九条をもつて定める財産権の保障を蹂りんする結果を来すものであり、許されないから、本件専決処分はその点においても重大明白な瑕疵があるものとして当然に無効といわなければならない。
四、そうすると、昭和三六年一二月一〇日の経過により、道路法第九四条の規定にもとづき本件土地は所有者たる原告らに返還される筋合である。
しかるに被告は、本件土地が原告らの所有であることを知りながら(右土地が原告らの先代菅原利順の所有であることについては同人と被告間の福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認ならびに損害賠償請求事件の判決が昭和四〇年四月一一日に確定している。)、前記無効の行政処分にもとづいて本件土地を道路として占有使用し、原告らに対しその使用料相当額一ケ月金八、七〇〇円(三・三平方メートル当り金一〇〇円)の損害を与えている。
五、よつて原告らは被告に対し所有権にもとづき本件土地の明渡を求めるとともに、被告が本件土地を占有した後である昭和四〇年四月一二日から右土地明渡ずみに至るまで使用料相当額である一箇月金八、七〇〇円の割合による損害金の支払を求める。
六、被告の主張に対する反論
(一) 仮りに被告が本件土地を買収取得したとしても被告は所有権移転登記を経由していないから、本件土地の所有権を原告らに対抗できない。
(二) 本件土地は現在旅館山水荘に至る道路として使用されているが同旅館に至る通路としては別に副員一・六~二・一メートルの市道があり、本件土地を道路として供用すべき必要性はない。
(三) 福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認ならびに損害賠償請求事件の確定判決において、菅原利順の損害賠償請求が排斥されたのは、本件と異り、被告が本件土地を道路として供用する権限があることを前提とするものであつて、県道を廃止する旨の告示があり、その後八ケ月の管理期間が経過したことにより、被告が本件土地に対する権原を失つたことにつき主張もなく判断もされなかつたのであるから、原告らの本件損害賠償の請求は前記判決の既判力に触れるものではない。
第三、被告の答弁
一、請求原因第一項の事実のうち、菅原利順が本件土地を買受けその旨登記を経由したこと、および原告ら主張の確定判決があることは認める。
同第二項の事実は認める。
同第三項の主張は争う。
同四項の事実のうち、原告ら主張の確定判決があることは認めるが、その余の原告らの主張は争う。
仮りに、原告らの損害賠償の請求が認められるとしても損害額を争う。
二、被告の主張
(一) 昭和四年一月飯坂町は下原地区から天王寺温泉を経てその奥地の森林地帯に通ずる町道開さくを計画し、昭和四年二月七日県知事の許可により町道としての路線認定をしたが、右開さく道路の天王寺温泉付近は、但木文董外二名の所有であつたので、飯坂町はこれを買収して道路敷とした。
このうち、昭和六年一月三〇日飯坂町において買収した土地が本件土地であり、飯坂町は適法に本件土地に対する使用権限を取得したのであるが、飯坂町および但木文董の双方において、その所有権移転登記手続をすることを忘失し、登記簿上は同人名義のまま放置されていたところ、同人死亡後の昭和三六年ころ同人の承継人がその事情を知らず本件土地を菅原利順に対する債務の代物弁済にあて所有権移転登記を経たものである。
(二) 本件土地につき県道廃止の処分がなされた後、飯坂町長の専決をもつて同町道路として認定するに至つた経過は次のとおりである。
昭和三六年四月新設奥十綱橋の架橋完成により、本件土地は県道としての利用価値がなくなり、県道廃止の処分がなされたのであるが、この県道廃止部分の道路は、天王寺温泉街と旧奥十綱橋により摺上川対岸の穴原温泉とを結ぶ要路に当り、また、天王寺温泉より奥の森林地帯に至る産業道路としても重要なものであり、飯坂町は町道として使用する必要があつた。ところで、旧奥十綱橋はすでに朽廃しその架替する必要があり、その費用は、町財政上、地元受益者たる温泉旅館主に相当部分を負担してもらわないとその実現が困難であつたので、飯坂町は関係筋にその協力を求めつつある間に、県道廃止以後福島県において管理を継続すべき道路法第九二条、同法施行令第三八条の期間が昭和三六年一二月一一日をもつて満了することとなつたので、町議会招集の暇なく、飯坂町長において同年一二月七日専決をもつて道路認定を行い、同年一二月二四日開催の町議会においてその承認決議がなされたものである。
したがつて、右専決処分は地方自治法第一七九条第一項にいわゆる普通地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるときに当り、専決処分としての要件を具備しており何等の瑕疵もない。
(三) 道路法第八条による認定処分は、それ自体単に起点から終点までを線で連結する観念的な認定行為であり、その際すでに該土地についての権原を取得する必要はないから、道路認定処分が無効となるものではない。
(四) 原告ら先代菅原利順が取得した本件土地所有権は、取得当時すでに県道を構成する敷地となつたものであり、道路法第四条により本来の私権行使を許されず、将来道路廃止の暁に始めて本来の内容を回復するいわば潜在的所有権である。
飯坂町は、所有権移転登記を経由していないため、原告らに対し本件土地の所有権を対抗しえないとしても、すでに道路敷となつている本件土地を昭和三六年一二月七日飯坂町道として認定し、同日告示のうえ道路法第九三条の規定により、即日引渡受書を提出して福島県から引渡を受けたのであるから、本件土地に対する道路の使用権限を失ういわれはない。
従つて、被告は、これが明渡の義務を負うものではない。
(五) 原告らの本件損害賠償の請求については、原告らの前主菅原利順と被告間の福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認ならびに損害賠償請求事件の確定判決により、右利順に請求権のないことが確定しているから、右口頭弁論終結後の承継人たる原告らは、右確定判決にき束される。
第四、証拠関係<省略>
理由
一、本件土地が菅原利順の所有である旨の福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認並びに損害賠償請求事件の確定判決があることについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第四号証によれば、原告らが昭和四〇年一二月五日菅原利順の死亡により、本件土地所有権を共同して相続したことが認められる。
二、原告ら主張二の事実は当事者間に争がなく、この事実に成立に争いのない乙第一ないし第一六号証、第一七号証の一ないし八、第一九・二〇号証、第二一号証の一・二を総合すると、次の事実を認定することができる。
すなわち、旧飯坂町は、昭和四年二月七日福島県知事の認可を受け、町道飯坂・天王寺線の路線を認定したが、右路線内に本件土地が所在したため、旧飯坂町長佐藤勇三郎は、昭和六年一月ころ当時の所有者但木文董から本件土地を買受け、そのころこれを右路線の道路敷として供用してきたが、昭和二三年一〇月福島県は右町道を県道に編入し、本件土地の供用を継続した。昭和三五年奥十綱橋永久橋が完成してから、福島県は翌昭和三六年四月一一日右奥十綱橋より奥地にある前記路線を廃止し、公示番号第三四四号をもつてその旨公示した。旧飯坂町は、右廃止部分の道路は天王寺温泉に至る要路に当り、かつ、旧奥十綱橋(木橋)により摺上川対岸の穴原温泉に通ずることができるため、奥地への通行ならびに観光道路として存続する必要を認めたが、旧奥十綱橋は当時老朽しており、福島県が管理しているうちその架替をしてもらうべく折衝してきたところ、県当局者から、地元負担金として金七〇万円を負担するよう申入れられ町財政の都合上地元負担金七〇万円を支出することができず、旅館主にその寄付を求めて奔走している間に八箇月の期間(道路法第九二条・同法施行令第三八条)が切迫したため、飯坂町長紺野繁右エ門は、同年一二月七日専決をもつて前記廃道部分を町道湯尻・北原線と認定し、同日該部分につき福島県から引渡しを受けたこと、同町長は同月二三日右専決処分を同町議会に報告し、その承認を得たこと、旧飯坂町および福島県は本件土地につき所有権移転登記を経由しないまま過すうち、菅原利順は昭和三六年九月一〇日但木顕哉ほか五名から本件土地を買受け、同月二〇日その旨の登記を経由したため、旧飯坂町の権利義務を承継した被告福島市は、右菅原利順提起にかかる福島地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号所有権確認並びに損害賠償請求事件において、被告福島市は本件土地の所有権をもつて対抗することができないとの理由で本件土地は右利順の所有と認める旨の判決言渡しがなされ、該判決は確定するに至つたこと、以上の事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。
三、そこで、旧飯坂町長のした右専決処分の効力について考えるに、道路法第八条第二項は、市町村長が路線を認定しようとする場合においては、あらかじめ当該市町村の議会の議決を経なければならない旨を規定しているが、これは路線の認定すなわち路線の特定は、その後これに続いてなされることが予定される道路の区域の決定、道路敷地に対する権原の取得、道路造成工事、供用の開始と相まつて、政治・経済・文化に影響を及ぼすことが甚だ大きいために、あらかじめ当該議会の議決を経由すべきものと規定したものと思料される。しかし、道路法ならびに地方自治法は、市町村長の道路認定につき専決処分により行うことを制限する規定をおいていないし、市町村長の専決処分を許されないと解すべき特段の事情は見当らないから、市町村長は路線の認定についても当該議会を代行して専決処分をなし得るものと解すべきである。
進んで本件専決処分が地方自治法第一七九条第一項にいう議会を招集する暇がないものであるかどうかを検討するに、すでに認定したとおり、旧飯坂町は福島県が管理している間に老朽した旧奥十綱橋の架替工事をしてもらうべく折衝したところ、県当局者から地元負担金七〇万円を提供するように申入れられ、その捻出のため奔走しているうち、道路法施行令第三八条に定める八箇月の大部分を費やしたのであるが、もし、その間に議会を招集して本件路線の認定につき付議し、その賛同を得たうえ路線認定を行うならば、旧奥十綱橋の架替工事を福島県の費用で行うことが困難になる筋合であり、旧飯坂町長紺野繁右エ門がかかる政治的配慮のもとに日時を過し、八箇月の期間満了間際になつてから、往時飯坂町道であつた路線を福島県の路線廃止に伴い旧に復するために、議会を招集する暇がないと認めて本件専決処分を行つたからといつて、権利の濫用ということができないことはもとより、著しい怠慢があつたということはできず、この点に関する原告らの主張は採用できない。
そうすると、菅原利順が本件土地を買受け、その登記を経由したのは昭和三六年九月二〇日であり、当時福島県が本件土地を道路敷地とする路線を管理していたことは前認定のとおりであり、道路法は道路の供用廃止があつた場合、従前道路を管理していた者は政令で定める期間(八箇月)当該道路を構成していた不用となつた敷地を管理しなければならないものとし、この場合期間が満了するまでに不用物件につき同法第四条を準用する(第九二条第一・二項)から、本件土地についても所有権を移転し、又は抵当権を設定するは格別、私権を行使することは許されないところであり、このことは、旧飯坂町が本件路線を認定し、福島県から本件土地を含む当該道路の引渡を受けた後においてもその法律関係は全く同様であるから、原告らは被告に対し本件土地の明渡しを求めることはできないものといわなければならない。
四、損害賠償の請求につき考えるに、前記乙第一六号証によると、菅原利順は被告を相手方とし、福島地方裁判所に対し、本件土地の所有権確認の訴と併合して、本件土地の占有による昭和三六年九月二〇日から被告がその使用を終了するまで一箇月金八、七〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める訴を提起し、(同庁昭和三八年(ワ)第一〇一号)昭和四〇年三月二五日請求棄却の判決言渡を受けたことが明らかであり、該判決が確定したことおよび原告らが右利順を相続により承継したことは前認定のとおりであるから、原告らは右確定判決に拘束され、これと異なる主張をすることができないから、原告らの本件損害賠償の請求もまた理由がないものといわなければならない。
五、よつて原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条・第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 羽染徳次 佐藤貞二 中野保昭)
(別紙目録省略)